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人前挙式のすすめ4

さて。
前回記事から少々、時間がたってしまいました。
貴族の時代の婚儀は女性方主導の通い婚でした。
これは、庶民もあまり変わりはないようで、まだまだ庶民の住居だった竪穴式住居に彼氏が忍んで来たけれど、入り口近くに父母が寝ているし・・・といった和歌も残っています。

時は移って武士の世に・・・
ここは、やはり男性社会、家社会。
○○家に嫁ぐ・・という概念が登場してきます。
婚儀の形は地方により、かなりの差異はあるものの国と国をつなぐ、仲立ち(これが後々の仲人になっていくのでしょう)に案内された姫君がたくさんの供をつれ、峠をこえてお嫁入り・・時代劇に描かれている通りだったようですね。

もちろん、婚儀とは申せ、本人たちは初対面。
誰と誰でも、家と家でもなく、国と国との円繋ぎ。
花嫁は人質のようなもの。ではありますが、送るほうもそこはそれ。
「婿殿の寝首をかけ!」と父は娘に短刀を授けます。
打ち掛けの胸に納めた「ハコセコ」今では懐紙入れですが当時は飾りもののほうが本命で、懐剣をしのばせた、といわれています。
また、花嫁の髪型は高島田。豪華なかんざしが凶器になるのは、テレビドラマ必殺シリーズに描かれた通りです。

もちろん、迎える側もそんなあれこれは承知の上。
そこで、行われるのが「色直し」

「あなたの色に染まります・・・花嫁の純真無垢なお心そのままに、これより新婦○○さま、お色直しへと、しばしのご中座でございます。」

あー、自分でもびっくりしたよーっ、30年近くも昔のデビュー当時のコメントがすらすら、出てきたっ(笑)

は、ともかく。
この時代、山中の猟や山仕事のための小屋を舞台に行われた身体検査?
実家から身につけてきたものから、婚家が用意したものへと衣類も装飾品も換えさせられ、また高島田をおおう綿帽子もかんざしを凶器に変えないため、ともいわれています。

面白いのは、同じことが洋の東西を問わず、行われていたこと。
オーストリアのブルボン王朝からフランスのルイ王朝に嫁いだマリーアントワネットもセーヌ川中洲の小屋で下着まで着替えたそうです。

送り出すほうも、迎えるほうも、なかなかに血なまぐさかった武士の時代の婚儀のあれこれ。

儀礼としては、やはり「家に入る」からでしょうか、花嫁による仏壇詣りが登場します。
昭和の花嫁までひき続く、「ご先祖さまへのお土産」としての線香の持参、嫁入り道具にかかせなかった「花嫁の数珠」はここから始まります。

注〕地方による差異はもちろん、ありますので全国津々浦々での風習ではありません。
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人前挙式のすすめ3

さて、話は平安時代へ。
光源氏や、やんごとなき姫君の時代。
「お屋敷」と呼べる住まいが登場してきます。

婚礼事情も変化します。

「お屋敷」には、姫君がおわします。
が、御簾の内深くおわします姫君の存在に人はどうして気づくのでしょう?
活躍するのは、女官や女御たち、そう姫君にお仕えする女性たちです。

いつの世も女性は、おしゃべりが大好き。
口々に「うちの姫さま」の自慢をします。
いわく、いかに美しいか、いかに教養あふれているか、いかにマナーに秀でているか、などなど。

それを漏れ聞いた、高貴な殿方のお付きがこれは!と思うとお耳に入れます。
そして、若君が詠んだ歌を姫君の元へ届けるのです。
スルーされることもあるけど、あれ?返歌をいただけた!とあれば、若君のお付きと姫君のお付きが協力価格し、忍び会いのセッティング。
こうして、いわばお膳立てあり、の初デートです。

ところで、当時は女性の家に男性が忍んで通う、通い婚。
婚儀はあったようですが、男女間ではなく、夫となる男性と妻となる女性の父の間で杯が交わされたようです。
婚姻後も父の元にいる、妻への通い婚ですから、まあ妻の父からの出入り許可というところでしょうか?

だけど、こんなゆるゆるのしばりでいいの?と現代人は思います。
そうなんです、男性の足はだんだん、遠退きます・・・行き先は次の妻宅。
さて、どーする? どーしたと思います?

こたえは「つぎ、行ってみよーっ」
はい、パートナーがいる女性にも、恋文が届く時代。
パートナー予備軍は必ずいたようで、まさに「つぎ、行ってみよー」だったようです。

あらあら?驚きましたか?
次回は武士の時代の婚礼事情について、お話しますね、お楽しみに。
     

人前結婚式のすすめ2

さて。
昨日の続きです・・・
婚礼史に関しても、他のいろいろな生活史と同じく高貴な方々の文化や習慣については、ある程度の時代から文献などが残っていますが、庶民の暮らしは見えてこない。
まあ、誰でもが読み書きできる時代は、まだ歴史の浅い範囲のことだから、致し方ないのでしょうが。

古代、稲作が定着するにつれ、今の秋祭りの原形ともいえる、まあ、繁忙期を過ぎたしひと息いれよう、的な行事が行われたようで、これを「歌垣」と呼んだようです。
男女が集まり万葉歌や即興のラブソングをかわし、一組、また一組とカップルになった男女が抜けていく・・・まあ、合コンのはしり?ですかね。
ただし、当時は未婚の男女だけではなく、既婚者も参加していたらしい。
今の感覚だと、不倫?なんですと!!と、ネット大炎上必至だけれど、まだ法律らしきものも、戸籍さえも整備されていなかった時代ゆえ、現代の物差しでは測れないということなのでしょう。

万葉歌を読み解くと、もちろん「誰でもOK」的な子孫繁栄のDNAに基づく本能的行動ではなく、好意や愛情に支えられた関係であったらしいことは、わかります。

ただ、万葉化の時代から、まあ今でもそうでしょうが、歌会などでは「お題」が出され、歌を詠み交わすということがあり、和歌が往時を正確に伝えているかといえばそうでもなく、悩ましいところです。

平安時代あたりになると、高貴な方々の恋愛事情、結婚事情について、そこそこ、わかるようになります。
次回は、雅な平安時代のお話を・・・お楽しみに。
     

人前式のすすめ

最近、会場を問わず増加傾向にある人前挙式。
今までは「両家の信仰のちがい」による、などのいわば消極的選択が多かった人前挙式が、ここにきて、積極的選択の対象になっている・・・などと言ったら大層な印象になりますか?

さて。
この人前挙式。
昨今はチャペルを使い(十字架は隠して)洋装で行うカップルが多いけれど、和装で神殿を使ったり宴会場で披露宴のはじめに簡単に行うなど、決まった様式のない人前挙式ならではの個性的なバリエーションのあれこれ。

歴史を遡ると昭和の中頃まで、庶民の結婚式は人前挙式だったのです。
親世代、祖父母世代が自宅で挙式、披露宴を行ったらしい・・・なんて方、いらっしゃいますよね?
身内にいない、って方でも、ドラマや映画でご覧になった方は多いのでは?
自宅の座敷でご近所や親戚の年長者が謳う、謡曲 、高砂にのせての三献の儀(三三九度ね)
あれ、人前挙式です。

だから、ある意味、原点回帰(笑)

日本の婚礼史はなかなか興味深いのだけれど、長くなるから、今日はこのへんで。

また、次回をお待ちくださいましっ。
     

君もかー?

昨日、突然に違和感を感じた愛車もとい相棒をびょーいんへ連れてった。
ちょうど、オイル交換時期でもあり、ついでにあちこちチェックしてもらお~、と。
だって今日も今日とて、このあと名阪国道にて名張往復のスケジュール。
不安は取り除いておかなきゃ、と場合によれば(つまり緊急入院など)電車移動も考えなきゃ・・・とで、とにもかくにも。

結果。

病気(つまり故障ね)はなかった・・・ってことは?
はい、予想通りの加齢現象😱😱😱😱😱

白衣ならぬつなぎを着たまだ若いドクター(整備士ともいう)の見たてによれば

ま、今すぐ止まるとか動かなくなるってことはないでしょう。
オイル交換などのたびにチェックしながら来年の車検(は、かなり高額になりそうだとのこと)をして、そこから先も修理費用をかけつつ乗り続けるか、買い換えを視野に入れるか・・ですね。

だ、そうです。
また、オートマでシフトチェンジを車にまかせっぱなしだった(つまり、ずっとドライブで走ってた)のを坂を登るときなど、手動にする、などで車の負担を軽くしてやってください、とも。

つまり、あれ、ですね。
高齢者が病院通いしつつ、元気に暮らすのとか、支援や介護を受けつつ暮らす、とかと同じなんですねー。

わかりました、すでに我が家には要介護者一名がいますから、経験はあります。
医療の力を借り、支援は惜しまず、もう少し付き合います。
ただ、やはり買い換えを視野に入れないといけないのでしょうね。

さて。
とりあえず今すぐの不安はなくなりました。
では、そろそろ出かけます。

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